第2部:FD
第1節:はじめに
FDの位置付け
この章では、社会と共創する熟達を歩むための土台を構築するプロセスであるファウンデーションデザイン(以下、FD)について記述します。私たちは、FDを「「らしさ1」を深く理解した上で、ありたい姿に向けて学習を進めていく土台づくり2」と捉えています。FDは、Reapraと産業創造を共に研究実践していく共同学習者およびその候補者に対して、起業家/ Reapraインターナル/その他立場を問わず実施されます。
また、FDは実践を通して変化し続けるため、一度行ったら終わりではなく、定期的に振り返り更新し、運用しつづける必要があります。その前提で、Reapraとの共同学習を始める個人などに対し、複数回にまたがり集中的にセッションを行うことを、Intensive(集中的な)の頭文字をとってIntensive Foundation Design(IFD3)と呼ぶこともあります。IFDを実施する期間やタイミングは様々ですが、便宜上「社会と共創する熟達の学習に興味を持った時点から、SO~成り行きでは届かないが叶えられたら喜ばしい高い目標を掲げ、その実現に向けて自己及び組織の変容に向き合い試行錯誤する学習様式~」を開始するまでの時点で集中的に行われるものであると定義します。4
※本稿では、FDの前提や目的の説明に重心をおいており、FDの実践プロセスは概要を記すことにとどまっている点に注意していただく必要があります。それゆえ、今後の展望としては、第4節に示すFDの実践プロセスにおける5つの要素の構造、また要素間の関係性の形式知化を行っていく必要があると考えています。
1. らしさとは、生まれ持っていた気質と生まれ落ちた環境との組み合わせによって形成された価値観や意思決定の特徴であり、自分を含む周囲の環境を認識するフィルターのようなものとして定義しています。これらは、主に幼少期における「母性」と「父性」を始めとする環境の諸条件に最適化(適応)する形で形成され、個人のライフミッションを紡ぎ出す上で重要となる「満たされていない願い」の要素を包含するものです。
また、ある時点での静的な性格や性質、メンタルモデルを指しているのではなく、動的に自我と環境の相互作用でアップデートされるものとして定義しています。そのため、ライフステージごとの表層的ならしさは必ずしも一致していないことがありますが、動的には繋がっているため、時間軸を伴った線で見に行く必要があると考えています。(別角度からの説明は、第2部第2節をご参照ください。) ↩
2. FDとは、より詳細には、「個人がよりよい人生を送るために、環境と自我の相互作用を通して自身の特徴(らしさ)が形作られてきた過程を時間軸を入れながら構造理解し、今後長期にわたり熟達していく方向性や目標を紡ぎ出すこと。そして現状との差分を明らかにし、自我と環境の両方に配慮しながら社会と共創する熟達を歩む土台を整えるプロセス」だと考えています。 ↩
3. 長い時間軸をとって実施されるFDに対し、新入社員や投資先起業家、その候補者を対象に短期間で負荷をかけてインテンシブ(集中的)に行うのがIFDです。 ↩
4. 【FDとIFDの歴史】
Reapraでは創業時(2015年頃)から、社員や投資先起業家とその候補に対して、本人の価値観や動機をよりよく理解する目的で生い立ちや価値観の源泉を深ぼるセッションを実施しており、それが試行錯誤を通して2017年頃に体系的にFDという言葉で定義され始めました。2020年頃から投資先支援・社内の人材育成の一環で、より集中的にセッションを複数回実施し、その人の価値観や根底にあるメンタルモデルがどのように生まれ、時間と共にどのようにアップデートされたかを整理し、ミッション・ビジョンの設定や現状課題の特定に活用するという営みを開始しました。この集中的なセッションを、intensiveの頭文字を取ってIFDと呼ぶようになり、現在はIFDセッションという名目で新入社員や、投資先起業家やその候補者に実践しています。 ↩
FDと社会と共創する熟達(マスタリー)
前提として対象者がFDの理解や実践に進む前にあたって、社会と共創する熟達をよりよく理解し動機づいていない場合、FDが意図している効用を出せない危険性が存在します。社会と共創する熟達とは、長期持続可能な自己統制、幸福、社会貢献の獲得を目的として、実践を続けるにつれ社会との接点が増え続ける唯一無二のテーマ(複雑性の高い領域)に沿った学習を続けることです。複雑性の高い社会に身を晒しながら学習し続ける過程(SO)においては、現時点では存在しない唯一無二の概念を構築することを意図した上でありとあらゆる方策を実践するため、大きなストレスを感じたり、目を背けたくなるようなアクシデントが起こってしまう可能性も十分に存在します。それでも長期的に学習を続けていくためには、動機を保ち続けられるテーマの紡ぎ出しおよび、現在地とのギャップや本質的課題を認知した上での自己向き合いが必要です。
そのための最初のステップとしてFDを以下のようなプロセスで実施します。
①過去の環境と自我の相互作用により形成された自我の構造理解
②将来に渡り向き合い続けたいミッションへの昇華
③社会性をもつアジェンダへの変換
④現状の認識
⑤短期の目標設定
このような適切なサイズに区切り、学習に向き合う足場かけをする必要があります。
第2節:FDの対象者と目的
FDを行う目的
FDの究極の目的は、社会と共創する熟達という概念を前提に、対象者が現在に至るまで形成された「らしさ」を構造理解し、それを前提としたライフミッションを紡ぎ出すこと。そしてライフミッションを体現するにあたり足元の学習環境やマイルストーンを整理することにあります。
FDの対象となる人
Reapraは社会と共創する熟達を方針とした産業創造の研究実践を推進する目的で、FDをあらゆる状況で活用しており、その対象者は明確に規定されるものではありません。言い換えると、FDへの動機を持つすべての人が対象になり得ます。
一方で現実的には、下記のように、FDを実施することがより効用の高い状況や、前提となる対象者のコンディションは一定存在すると考えています。
- 社会と共創する熟達に興味を持っている
- Reapraとの何かしらの接点を模索している、ReapraのWay5をよりよく理解したい
- Reapraへの興味関心が高く、少なくとも数時間程度の時間をかけて自分を理解することに対して前向きである
- 落ち着いて長期のキャリアや生き方を考えたい、もしくは考えられる余裕がある
- 自分自身を時間軸(未来や過去)を通して広く深く知るコトに動機がある
FDでの議論を踏まえ、FD対象者の意向や、Reapraの現在のケイパビリティ(包容力)等を総合的に考慮し、具体的なネクストステップが設定されます。
Reapraと共に社会と共創する熟達を軸とした共同学習を即時に進めていくことがFD対象者および伴走支援者(Reapra)の間で好ましいと合意できる場合、Reapraからの出資や共同創業、Reapraへの入社といったアクションが選択肢として上がります。長期では親和性が高いものの短期的に上記のような環境が適切でない場合や、他に優先すべきことがある場合などは将来の共同学習を見据えた情報交換になる可能性もあります。FDは出資や入社を前提に行われるものではなく、その後の選択肢に柔軟性を持たせた上でオープンに実施されるべきだと考えます。
5. ReapraのWayとは「社会と共創する熟達」を指します。 ↩
FDの前提にまつわる注意点
繰り返しになりますが、私達がFDというプロセスを通して意図するものは「対象者のライフミッションを紡ぎ出す」というステップにとどまらず、社会性のあるマスタリー(熟達)テーマの設定、現在の自我・環境両面の課題特定、短期(6-12ヶ月)ストレッチターゲット紡ぎ出し、伴走者との学習のコンセンサスまでを完結させることです。
もし、FDの目的を「らしさの発見」や「囚われの特定及び受容」と捉えられてしまった場合、FDは単なる自己内省セッション/ヒーリングセッションであるという誤解をされていることになるため注意が必要です。また、FDの目的が「長期ライフミッションの言語化」と捉えられてしまう場合も「ターゲット選定(特にTop Down/Bottom Up両方のアプローチ6を駆使した、短期のターゲット設定)」において自身の恐れや苦手なものに向き合って行きたくないとなる可能性があります。
実際に、たとえFDを通して長期ライフミッションやマスタリーテーマを言語化できたとしても、メタ認知を十分に活用出来ていない状態で進めた場合、逆に囚われてきた自我やトラウマを強化してしまうケースも存在します。
6. Top Downからのアプローチとは、ライフミッションから時間軸を手前に落としてくることであり、Bottom Upからのアプローチとは、今のできることや自我課題から時間軸を伸ばしていくことです。目標を設定する時に、両方からのアプローチを行き来することによって、長期のありたい姿を掲げているだけで短期ではライフミッションに向かって取り組めなかったり、短期的に好きなことだけやり施策の幅が狭まったりすることを避けることができると考えています。 ↩
第3節:FDがもたらす効用
①内発的動機による長期継続学習の方向性や学習ターゲットの設定
自らが生まれた時点から現在にいたるまで、環境と自我の相互作用を通して形成されてきたらしさを認知し、その構造を理解することで、今後中長期のキャリアにおいて熟達し続けるための内発的動機をより効果的に活用することができます。
②客観的な自我と環境の現状理解と、日々の実践を通じたちいさな学習の改善
なりたい姿に向かうためには、現状を客観的に理解する必要があります。現在自分が置かれている自我と環境両方の現在地を正しく認識することで、日々実践において表出する課題を、自我課題と紐付けて認知し、自分に矢印を向けて内省的に振り返ることを習慣づけることができます。これにより、社会と共創する熟達の長い旅において不可欠となる、スキルの改善や知識の獲得といった水平的な成長だけではなく、なりたい姿に自己変容をするという垂直的な成長を意図することができるようになります。
③伴走支援の活用
社会と共創する熟達に向けてらしさを認知し活用していく為には、自分自身について知らない、また考えたことのない部分を実践を通して探索する必要があります。そのため、継続的に他者を活用し客観的視点を得ながら、伴走者と一緒に探索していくというマインドが重要であり、それを通して対象者と伴走者の文脈を統一することで、今後の伴走支援の活用が行いやすくなります。
第4節:FDの大まかな構成要素及びプロセス
この節では各フェーズの説明を行い、FDの理論構造を説明します。
ステップ1:社会と共創する熟達及びFDの概念説明
社会と共創する熟達及び、ファウンデーションデザインの構造を説明し、実施対象者がFDを開始する意向があるかどうかを確認します。伴走者自身や他者の事例を共有するなど、丁寧に質疑応答を行うことが重要です。
ステップ2:個人と社会のMission・Vision・熟達テーマの紡ぎ出しと重なり合わせ
過去
生前〜幼少期の自我と環境にまつわる特徴を整理し、らしさを生むきっかけとなった事象を構造整理し理解します。過去→現在
過去から現在に至るまで、環境との相互作用でらしさがどのようにアップデートされてきたかを構造整理し理解します。未来
自身のらしさが持つ根源的な願いを、ライフミッションとして言語化します。未来→現在
自身のライフミッションを社会と共創しながら体現するために、今後10年程度の長期時間軸で熟達していく領域(PBF=今は複雑で小さいが、世代を跨ぐ社会課題)を紡ぎ出します。現在→未来
不透明な環境下における学習スタイルを獲得するための陳腐なエントリーポイントを設定します。自我と環境両方の短期目標(12ヶ月, 6ヶ月)を可視化できる状態で設定し、伴走支援者と合意します。
※必ずしもこのプロセス通りに進むわけではなく、必要に応じてプロセスを行き来することもあります。
ステップ3:ストレッチオペレーション(初期学習実践)開始
対象支援者が、自身が長期で追い求めたいライフミッションに向けて、足元の自我との相互作用に敏感になり熟達できる陳腐なエントリーを定めたら、日々の学習を開始します。
※詳細は第2部SO文書を参照してください。
コラム:FD実践のポイント
①毎回のセッションでの構造整理、動機の確認
ほとんどの人にとって、FDプロセスは新しいものであり、複雑であるため、目標を見失いやすいです。らしさを認知すること、未来になりたい方向性を紡ぎ出すこと、長期ビジョンを設定することなどはどれも構成要素の一部です。そのため、全体感を失わないようにすること、また動機や伴走者との信頼関係が剥がれないように気をつける必要があります。
②幼少期に形成されたフィルターを見に行く
FDを始めたばかりの人は、環境と自我の相互作用に対する解像度が粗いことが多く、自身の価値観に影響を与えたイベントを静的に、独立したものとして扱ってしまいやすいです。(例:高校の時の〇〇のイベントが、、、社会人2年目のときの挫折が、、小学校の〇〇が、、)
そうではなく、FDでは、その人の意思決定メカニズムを深く理解するために、生まれた時点からどのような環境下に置かれていたか、そしてその出発点を起点にどのような価値観が徐々に環境との相互作用で育まれたかを、動的にかつ客観的に整理することが極めて重要です。このプロセスを怠ってしまうと、自身が築いてきた無意識のフィルターや防御反応のみを「ライフミッション」として言語化してしまい、実はその人が本来持っている願いに向かい自我変容していくのではなく、過去の恐れやトラウマを強化学習してしまうサイクルを回してしまうことになりかねません。
③自分の知らない自分自身を知るというマインド
自分自身の誕生から、自我と環境がどのように作用することで意思決定の癖が形成され、強化されてきたかを振り返るにあたり、対象者は、自分自身について知らない、また考えたことのない部分を伴走者と一緒に探索していくというマインドが重要です。また、FDは、一度集中的に実施して終わりというものではなく、事業の実践を通じて既存の自己理解がさらに深まったり、これまで見えてなかった新しい自分の性質を理解したりすることで、時間と共にアップデートされ続けるものであると理解することで、FDが動的に活用されやすくなります。
④伴走者の心得
冒頭に記したとおり、FDの究極的な目的は対象者の長期継続学習へ向けた土台を整えることであり、伴走者は、その達成に向けてゼロベースで思考し、あらゆる手を駆使することが求められます。言い換えると、質問する項目の内容や進め方が具体的に示されているフレームやガイドが常に存在するわけではなく、FD伴走者としての能力は特定のスキルセットで構成されているわけではありません。
より良いFDの伴走者になるためには、伴走者自身がFDの実践を通じて獲得した高い解像度の自己理解と、FD対象者を色眼鏡をかけてジャッジするのではなく、自分が持つバイアスに注意深く認知しながら、理解をし包容するという強い意識を獲得することが必要です。また、1人のFD伴走者が持つバイアスによる副作用を可能な限り排除し、かつFD対象者に対してより客観的な自己理解を促すことを目的として、FDのすべてのプロセスを伴走者ー対象者の一対一の関係に閉じず、複数のFD伴走経験者の視点を入れることが強く推奨されています。
第2部FDを読んでいただきありがとうございました!自分の理解度や疑問点の整理ができるアンケートをご用意しておりますので、よろしければお使いください。 メールでのフィードバックは book-feedback@reapra.sg まで。